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�@9:30 出発
にいやんねえやんの家から200メートルほどで
旧東海道に出ます。
�A金谷橋(かなやばし)
昔は土橋だったため、牛馬は
橋を渡らずに、堤防から川に下りて
渡ったとのことです。
�B追分羊かん(おいわけようかん)
「追分」はこのあたりの地名ですが、
街道の分岐点という意味で、全国に見られる名前だそうです。
この羊かん屋の角から、
清水みなと、久能へと続く「志三づみち」(しみずみち)が
分かれます。
(ちょうど軽自動車が写ってるところ)
なお、お店の羊かんは、当地の名産で
さっぱりしておいしいです。
�C稚児橋(ちごばし)
江戸初期、清水の中心を流れる巴川にかけられた橋です。
もともとは江尻橋といったそうですが、
渡り初めのときに、橋の下から小さな子がよじ上ってきて、
駿府(静岡の旧名)方面に走り去っていき、
みなが呆気にとられた、という出来事があったそうで、
いつしか「童子橋」「稚児橋」と呼ばれるようになったそうです。
�D江尻宿(えじりしゅく)
いまは「清水銀座」という名のふだんは少しさびしい
商店街です。
�E細井の松原(ほそいのまつばら)
昔は、松並木があったそうですが、
いまはこの一本だけ。
�F清見寺(せいけんじ)
古くて有名なお寺です。名刹です。
五百羅漢の石仏に自分と似た顔を探すねえやん。
島崎藤村の小説に出てくるそうです。
山下清はこんなこと書いてます。
『清見寺スケッチの思い出』より
 清見寺という名だな このお寺は
 古っぽしいけど上等に見えるな
 お寺の前庭のところを汽車の東海道線が
 走っているのはどうゆうわけかな
 お寺より汽車の方が大事なのでお寺の人は
 そんしたな
 お寺から見える海は うめたて工事であんまり
 きれいじゃないな
 お寺の人はよその人に自分のお寺がきれいと
 思われるのがいいか
 自分のお寺から見る景色がいい方がいいか
 どっちだろうな
素朴ですが、見事にこのお寺のことを描写しております。
�GJR興津駅(おきつえき)
このあたりが、興津宿です。
ここで自転車を置き、
由比宿をめざしてがんがん歩くぞ。
�H宗像神社(むなかたじんじゃ)
海上航海の守護のため、九州筑紫の宗像神社より
「奥津宮」を勧請(分霊して別地で祭る)した作られた神社。
「おきつ」という地名の由来といわれてます。
こんもりとした森が船人の目印ともなったそうです。
�Iさった峠をのぼる
この峠は、断崖絶壁が海に張り出す
東海道中の難所のひとつだったそうです。
波打ち際のルートは下の道と呼ばれましたが、
いつ波にさらわれるかわからない、まさに
親知らず子知らずの道だったそうです。
江戸時代、朝鮮通信使が往来することになったとき、
幕府が開いたのが、この峠ごえのルートで
中の道と呼ばれてます。
さらに、上のほうの山を遠回りする上の道も
あります。
なお、「さった」は「薩」と土へんに垂という字を書き、
菩薩と同じ意味だそうです。
その昔、由比の漁師が網で菩薩様を拾い上げ、
山にまつったことからその名がついたとのこと。
�Jさった峠から富士山をのぞむ
昼食
富士山に大満足のねえやん。
�K倉沢(くらさわ)地区
峠を下りてきました。
旧東海道らしい風情がぷんぷんと漂っております。
望嶽亭藤屋(ぼうがくていふじや)
由比・興津の間の宿(あいのしゅく)。
幕臣・山岡鉄舟がさった峠で官軍に追われ
ここに逃げ込んだとき、写真の隠し階段を通って
階下から浜に逃れ、
さらに次郎長親分を頼って
清水まで船で脱出したそうです。
その二日後、鉄舟は勝海舟の書状を携えて、
西郷隆盛と駿府(静岡)にて会談。
これが実って、江戸の無血開城へとつながっていった…

「わたしの四代前の話だよ」と熱く解説してくれた
おばあちゃん。

お土産にみかんまでいただきました。
ほんとうにありがとうございました。
�L東海道あかりの博物館
入場料が500円もするのでパス!
�M由比漁港(ゆいぎょこう)
由比の港といったらなんといっても、桜海老です。
ここらでは、生で食べられます!
�N昔の銀行
庚午銀行といったそうです。
その後清水銀行に吸収合併されたそうです。
古い建物って味があっていいなあと
にいやんはいつも思う。
�O由比本陣公園(ゆいほんじんこうえん)
由比宿のちょうど真中にあります。
「東海道広重美術館」と茶室「御幸亭」から
なります。
お茶を飲んで、ほっとするねいやん。
�Pこのあたり、妙に無人販売が多い。
このほうれん草、100円は安いわ。
とねえやん。
�QJR蒲原(かんばら)駅到着。
7km自転車こいで、14kmを歩きました。
でも、ねえやんこの笑顔。
充実した一日でした。


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2002.1